病院PFIの新たな展開(その5)~「第二」の近江八幡市はどこか~
マネージングディレクター 松浦 年洋
「夕張ショック」以来、さまざまなメディアで、地域医療・福祉が崩壊するという主張を頻繁に目にするようになりました。こと、近江八幡市民病院の事例では、病院事業への一般会計からの繰り入れが、「本丸」である自治体自体が経営破たんする可能性を明らかにしたことから、一層、危機感が高まっているように思います。
現状では、病院事業自体の経営効率化などに目が向けられていますが、パブリシヴァでは、「自治体そのもの」の事業再生ということが真剣に議論されることになるのではないかと考えています。
「集中と選択」ということが常々主張されてきましたが、まさに、自治体の事業再生は、近い将来、自治体の首長、そして住民に「踏絵」を迫ることになるだろうと思います。
本稿では、この点について、
①現状の病院事業をめぐる議論の問題点
②資産生産性について議論の必要性
③事業計画見直しの重要性
について検討します。
現状の病院事業をめぐる議論の問題点
今のところ、病院事業については、主としてランニングベースでの赤字の垂れ流しを防ぐとの観点から議論されています。つまり、P/L(損益計算書)をベースとしたコスト削減が焦点になっています。
コストに与えるインパクトという点から、自治体病院は人件費が高いという点に注目が集まっており、指定管理者制度の導入を検討する団体が増えているようです。しかしながら、指定管理者制度の導入によって、つまり、「雇用市場」を官から民へと移行させることによって、あたかも問題が解決されかのような錯覚を多くの人が持っているのではないかと危惧しています。つまり、本質的な問題は、指定管理者制度の導入によって解決されるわけではない、ということです。
まず、現状を前提としても、一定程度の経営改善が可能である、ということを改めて認識すべきです。人件費以外の費用、例えば、経費や材料費の見直しによって、100床規模の病院であれば、数億円単位でのインパクトが見込まれます。
一方で、人員の削減といった労働生産性の改善については、あまり期待すべきではありません。病院事業がマンパワーそのものである以上、過度な労働生産性の見直しは、職員の意欲の低下、さらには医療の質的低下をもたらし、結果、経営面で良い影響を与えることはないでしょう。
こうした一方で、自治体病院の本来の「存在意義」について検討がなされなければなりません。自治体病院には、地域ごとにさまざまな役割が期待されているものと思いますが、そのひとつに、「地域医療の確保」というものがあります。民間病院では医療の確保ができないからこそ、自治体病院が必要とされているのであり、必要な医療の確保のために、一定程度は一般会計から繰り入れることはやむを得ないことです。そのための財源の確保と、病院の赤字経営とは峻別しなければなりません。
なぜこういう話をするのかといえば、病院の赤字経営を解消すること自体は、不採算部門の切捨て等によって、ある程度は実現するからです。
しかし、これは民間の論理です。まずは、自治体病院が果たすべき役割、いわば「ドメイン」を明確にすることを、まずしなければなりません。赤字を解消するための方策は、その次に考えるべきことです。
資産生産性について議論の必要性
指定管理者制度の導入が本質的な解決策にならない、と述べました。
P/Lベースの議論では、当面は、現状の赤字の垂れ流しを遅らせることができます。しかしながら、病院を経営していくためには、将来的な施設の改修や設備の更新が不可欠であることを改めて認識すべきでしょう。
この点、病院事業における「資産生産性」が極めて低い点に注目する必要があります。病院は、事業構造としては設備産業としての特徴を有しています。つまり、施設や設備に対する適切なリターンがなければ、「持続的な」病院経営は困難であるということです。
資産生産性の主要な指標は、ROIC(Return On Invested Capital、投下資産利益率)であり、税引き後利益と投下資本によって求められます。後に述べるとおり、自治体病院のROICはきわめて低い水準にあり、現状を前提とした場合、将来的な施設の改修や設備の更新によって、再度、赤字経営に転落することは目に見えています。そのためには、長期的な視点に立った事業計画を立案することが重要になってきます。
病院事業におけるROIC分析
ROICとは投下資産に対してどれだけのリターンが得られているのかという指標であり、ROICの逆数は、投下資産を回収するのに必要な期間となる。例えば、ROICが10%であれば、投下資産の回収に10年かかる、ということになります。
ここでは、ROICを要素分解して、病院事業における「営業利益」である医業利益率と、投下資産回転率に分けて検討してみたいと思います。
医業利益率は、医業利益/医業収益
投下資産回転率は、医業収益/投下資産
によって、求められます。
医業収益がいずれの構成要素でもあることから、両者はトレードオフの関係にあるといえます。つまり、投下資産に対する適切なリターンを得るためには、医業利益率を上げるか、投下資産回転率を上げるかのいずれかである、ということです。
次の図は、病院事業の中で、ROICの上位10団体の医業利益率と投下資産回転率を示したものです。
左上は、医業利益率は低いものの投下資産回転率が高いグループ、右下は、投下資産回転率は低いものの医業利益率が高いグループ。中央は、両者のバランスが取れているグループです。
いずれのグループも、病院事業の中では、高いROICを示しています。
ROICの逆数は、投下資産の回収期間であると述べました。次の図は、上記団体の投下資産の回収期間を示したものです。
ご覧のとおり、これらの団体は投下資産の回収が30年以内には終了することになり、その後は、施設の建替えなど新たな資産投資が可能になることが分かります。
では、病院事業全体では、どのような状況になっているでしょうか。次の図は、全団体の医業利益率と投下資産回転率を示したものです。
ご覧のとおり、ほとんどの団体が、投下資産回転率が1以下、かつ医業利益率がマイナスであることが分かります。
次に、これらの多くの団体が、ランニングベースで医業利益率が改善された場合に、どのような影響があるのか、ということについて、検討してみたいと思います。
医業利益改善によるインパクト
次の図は、投下資産回転率の下位10団体の投下資産回転率を示したものです。
図表は割愛していますが、医業利益率については、トップ20団体の平均でも6.8%です。
ここでは、極端なシミュレーションになりますが、仮に、上記の10団体が、トップ20団体並みに医業利益率を改善した場合のインパクトについて検討してみます。
次の図は、上記の10団体について、改善インパクトと改善後の投下資産回収期間を示したものです。
ご覧のとおり、医業利益率がトップ20病院並みに改善されたとしても、通常の事業のライフサイクルの中では、投下資産の回収は不可能であることが分かります。
なぜ、こうしたことが起きるのでしょうか。最後に、これらの分析を踏まえた、今後の解決の方向性について検討します。
事業計画見直しの重要性
通常のライフサイクルの中で投下資産が回収できないということは、そもそも事業として成立していないということになります。団体ごとに個別の事情はあると思いますが、投下資産回転率に影響を与える要因として、土地、償却資産、現金及び預金、未収金などが考えられます。このうち、償却資産については、施設や設備の整備が医業収益に見合ったものであったのか、ということが検証される必要があるでしょう。
多くの自治体の事業計画は、いわば「鉛筆なめ」して作成されたものが、ほとんどではないでしょうか。その場合、当然のことながら、通常のライフサイクルの中での投下資産の回収は困難になってきます。今後、医療を取り巻く環境がますます厳しくなるなかで、「楽観的な」事業計画では役に立ちません。より現実的な事業計画に見直す必要があるでしょう。
この際、地域医療の確保という観点からは、自治体の事業構造そのものを見直し、病院事業会計への繰入れのための財源を確保する必要があります。このときに、自治体の首長、そして地域住民が何を選択し、何に貴重な財源を投資するのか、との選択を迫られることになるのです。
この事業再生のためには、多くの自治体が採用している、学識経験者による「委員会方式」ではなく、ビジネスベースのコンサルティングを導入することが不可欠であると考えています。委員会方式では、事業再生を推進する「お墨付き」を得ることができたとしても、時間がかかる上に、コミットメントという観点からは、「本質的な問題解決」は困難であると考えられるためです。
パブリシヴァでは、こうした状況を踏まえて、適切なコンサルティングを導入するための、病院事業における初期診断を無料で行っております。お気軽にご相談ください。