病院PFIの新たな展開(その7)~医師不足問題にいかに取り組むべきか~
マネージングディレクター 松浦 年洋
医師不足の問題が世間を騒がしています。産科医不足、小児科医不足、あるいは麻酔科不足などなど。これらは事実ではありますが、あまりにもメディアがピンポイント的に報道しすぎているきらいがあると感じています。例えば産科医不足の問題について考えてみます。
現状では確かに産科医が不足しています。こと、リスクの高い分娩数の増加に対応する周産期医療のネットワークは各都道府県が早急に、かつ真剣に取り組まなければならないでしょう。しかしながら、必要以上に国民の不安を煽るような報道は控えるべきです。医師の絶対数の不足は短期的に改善されません。専門医の育成も同様です。これらは中期的に解決せざるを得ない課題であり、現状の日本の医療を前提とした場合、「既存の資源」をいかに有効に、効率的に活用するか、との観点からの議論が必要です。「かかりつけ医」を持つということもその一つです。
病院が崩壊するとの主張をたびたび目にしますが、一方でかかりつけ医の活用についての提案を見かけることはほとんどありません。必要なことは、国民が自らリスクを回避するための有益な情報の提供です。医療の「ある側面」にしか目を向けていない議論では、国民がますます混乱してしまう可能性があります。
こうしたことは、シンクタンク等の「専門家」のレポート等でも同様のことが生じています。ある大手シンクタンクの研究員のレポートでは『「救急車をタクシー代わりに利用するのはやめましょう」といった低レベルの議論は卒業して、医療体制を俯瞰した見直し』が必要であると主張されています。一面では正しい主張のように思われますが、医療の現状を無視した無責任な見解であるといわざるを得ません。
救急医療において救急車の適正利用は深刻な問題です。むしろ適正利用に対する啓発を進めるとともに、バイスタンダーの役割や心肺蘇生術などの国民に対するエデュケーションが大変重要であるからです。
さて、医師不足の問題についても、一面だけを見るのではなく、まずは大きな視点でこの問題に取り組むことが重要であると考えています。具体的には、医師不足の問題は二つの側面から検討する必要があると考えています。
一つは診療科目を軸とした医師数、もう一つは患者数を軸とした医師数です。本稿では、これらについて、順に検討していきたいと思います。
医師不足問題を診療科目を軸として検討する
次の図は、診療科目ごとに全国の医師数を積み上げたものです。

ここで注目すべきなのは、絶対数の少ない診療科目です。図中の点線で囲っている診療科目は全体の医師数の5%に過ぎず、各診療科目の医師数は極端に少ないことがお分かりになると思います。
医師は診療科目ごとにある程度集約されている必要があります。分かりやすい事例では、小児科医が地域に一人しかいなければ、365日毎日診療を続けることは不可能です。したがって、絶対数の少ない診療科目では、ある程度医師を集約しなければ、まさに医師の「ドミノ倒し現象」が生じてしまいます。
病院単位での統合・ネットワーク化が議論されていますが、むしろ必要なことは医療機能単位での統合です。医療計画を所管する都道府県においては、地域ごとに医師の「散逸」状況を地図上でプロットするなど、地域で孤立している医師、いわば「リンク切れ」になっている医師がいないかどうか、現状の把握が必要でしょう。
産科医、小児科医等の絶対数の不足への対応は、こうしたことと合わせて行われなければなりません。これが一つ目の軸、つまり診療科目を軸とした医師不足への対応策となります。
では次に、二つ目の軸、患者数を軸とした医師不足について検討しましょう。
医師不足問題を患者数を軸として検討する
まず、そもそも医師の絶対数が十分なのかということを考えてみましょう。結論は簡単です。図表は割愛していますが、他の先進国との比較では、日本は国民一人当たりの医師数が少なく、かつベッド数や平均在院日数が長いことが特徴です。マクロ的には間違いなく医師の絶対数は不足しているわけです。
一方、二つ目の軸として検討したいのは、患者数との関係です。つまり、地域ごとの患者数と医師数との関係から医師不足について議論する必要があります。
次の図は都道府県ごとに、横軸に医師数を、縦軸に患者数をプロットしたものです。

補助線は最小二乗値を示しており、ごく単純に言ってしまえば、この線よりも上に位置している団体は、指標の一つとして用いられることの多い「人口10万人当たり」の医師数が多いとしても、相対的には患者数と医師数がバランスしていないことになります。
図中の枠線で囲まれている団体は、それぞれ人口10万人当たりの医師数トップ10とワースト10団体です。人口10万人当たりの医師数トップは徳島県ですが、補助線の上に位置しています。一方、医師数の最も少ない埼玉県は補助線の下に位置しています。つまり徳島県は、患者数と医師数との関係では埼玉県よりも医師の充足率が低いことになります。
この「ねじれ現象」を別のグラフで見てみましょう。
次の図は、患者数/医師数のトップ15団体とワースト15団体を示したものです。図では人口10万人当たりの医師数と全国平均値(補助線)を合わせて示しています。


ここでは、神奈川県と佐賀県の二つの県に注目したいと思います。
患者数/医師数のトップ15団体中、神奈川県は、人口10万人当たりの医師数では全国平均を下回っています。この一方で、ワースト15団体中、佐賀県は医師数では全国平均を上回っています。
このような「ねじれ現象」が生じるのはなぜでしょうか。
次の図は両県の患者数と医師数を比較したものです。

ご覧のとおり、神奈川県の患者数は医師数の約31倍であるのに対し、佐賀県は約39倍と大きな差が生じています。
では、入院患者と外来患者のどちらが大きな影響を与えているのでしょうか。
次の図は、両県の入院患者と外来患者について、患者数/医師数を示したものです。

ご覧のとおり、佐賀県の入院患者は神奈川県の1.8倍もいるのに対し、外来患者は1.2倍にとどまっています。つまり、患者数に影響を与えているのは入院患者であることが分かります。
では、入院患者のうち、どのような疾患が神奈川県との差を生み出しているのでしょうか。
次の図は、佐賀県と神奈川県の入院患者の差(1,021人)を疾患別に積み上げたものです。

この図からは、特に「循環器系の疾患」と「精神及び行動の障害」が大きな影響を与えていることが分かります。
さらに各疾患を小分類ごとに検討してみます。
次の図は、「循環器系の疾患」の患者の両県の構成割合を比較したものです。

循環器系の疾患では、脳梗塞の患者の割合が神奈川県よりも若干多いようです。脳梗塞は、高齢者に多い疾患であり、両県の年齢構成の違いが影響を与えている可能性があります。
次の図は、両県の人口構成を比較したものです。

佐賀県の方が、70歳以上の高齢者が多く、脳梗塞の患者数に影響を与えている可能性があります。実際に脳梗塞の患者の年齢構成と比較してみましょう。

脳梗塞の年齢別の割合を見ると、両県の人口構成の違いが、ほぼそのまま患者数に影響しているようです。
一方、神奈川県との差を生み出しているもう一つの疾患「精神及び行動の障害」についても、同様に小分類別に構成割合を見てみます。

ご覧のとおり、「気分障害」と「神経症性障害」に顕著な違いが見られます。
「気分障害」について年齢別の構成割合を見ると、佐賀県と神奈川県では明確に傾向が異なります。

特に佐賀県は55歳から85歳までの患者の構成割合が際立って多く、人口構成を考慮しても顕著な特徴であるといえるでしょう。
「神経症性障害」についても同様に55歳から85歳までの患者の構成割合が際立っています。

まとめ
以上の分析を踏まえると、人口構成が患者数に影響を与える場合ももちろんありますが、疾患ごとに詳細な分析を行った場合、地域ごとに患者数に影響を与えている要因はそれぞれ異なっているものと考えられます。
つまり、医師不足の問題については、診療科目別に絶対数の不足している医師の集約を進めるとともに、地域ごとの疾患の特徴に応じた対策を講じることが重要であるということです。
冒頭でも述べたとおり、医師不足は極めて深刻な問題ではありますが、単に絶対数が不足しているというだけでなく、本稿で述べたとおり、診療科目や疾患など複数の軸から検討することが、地域における医療の確保にとって大変有効であると考えます。
繰り返しになりますが、医師の絶対数を今すぐに増やすことは困難です。したがって、既存の人材を効率的に活用するとともに、患者数を減らす、具体的には、インパクトの大きな疾患に着目して発症の予防を進めるという対策が大変重要であるのです。
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